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盛岡地方裁判所 昭和24年(行)41号 判決

原告 菅原隆

被告 岩手県知事

主文

被告が昭和二十三年十一月二日附の買収令書をもつて岩手県東磐井郡大原町字中島二十三番の三畑三反四畝二十六歩につきなした買収処分及び昭和二十四年一月一日附の菊池佐蔵を売渡の相手方とする売渡通知書をもつて右畑につきなした売渡処分はいずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、主文第一項掲記の畑はもと横屋株式会社の所有であつたのを昭和二十一年五月八日原告が買い受けてその所有権を取得し即日その旨所有権移転登記を経由したもので原告の所有である。

なお原告が右畑の所有権を取得した経緯は左のとおりである。すなわち昭和二十一年一月二十四日大原町農業会は、当時施行の昭和十八年八月七日農林省令第五十九号による改正後の旧農地調整法施行規則(以下旧農調法施行規則と略称する)第七条の規定により被告知事から自作農創設維持の事業を行う団体として承認を受けたものであるが、その行う事業の範囲には、昭和十八年八月六日勅令第六百六十二号による改正後の旧農地調整法施行令(以下旧農調法施行令と略称する)第二条第一項第一号の、個人の自作地となすべき土地の取得の斡旋をなすことを含むものであつた。しかして同農業会は右事業の実行として、原告が農業に精進し得る見込があり且つ前記旧農調法施行規則第六条所定の要件を具備するものと認めて被告知事に対し承認を求めたところ、同年三月十八日その旨承認があつたので前記横屋株式会社と原告との間の前記畑に関する売買契約の締結を斡旋した結果昭和二十一年五月八日右当事者間に売買代金一万四千円で右畑を売買することの契約が成立したのであるが、固よりこのような自作農の創設事業による農地の取得については更めて知事の許可を必要としなかつたのであるから原告は有効に右畑の所有権を取得し得たのである。しかして原告が大原町農業会に対し前記自作農創設の申請をなすに先き立ち、予め右畑の小作人菊池佐蔵との間に、原告が右畑を買い受け取得しこれに関する小作契約の賃貸人の地位を承継した場合は、相当の離作料を支払うことを条件として右小作契約を解約することの合意が成立していたので、原告が右畑を買い受け取得後直ちに右約定に基き、前記菊池佐蔵に対し離作料として五百円を支払つて右小作契約を合意解約し、右畑の引渡を受けて爾来原告においてこれを自作するに至つたのである。しかして当時施行の旧農地調整法(以下旧農調法と略称する)の下にあつては、農地に関する賃貸借契約を合意解約するについては知事の許可がなくても有効にこれをなし得たのであるから、前記合意解約の適法且つ有効なことはいうまでもない。

しかるに昭和二十三年七月七日大原町農業会は被告知事に対し、当時施行の昭和二十一年十一月二十二日農林省令第六十八号による改正後の旧農調法施行令第五条に基き、さきに同知事がなした原告に対する前記畑の売買斡旋に関する承認の取消を申請したところ、同年七月十二日同知事は大原町農業会の右取消申請中一部を承認する旨の処分をなし、かくて前記横屋株式会社及び原告間の売買契約がその効力を失つたとの前提の下に、前記畑につき、旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三条第一項第一号に該当する小作地であるとして昭和二十三年十一月二日附の原告を名宛人とする買収令書を発行して原告にこれを交付しようとしたところ原告によりその受領を拒否されたので昭和二十四年十月三日岩手県報第四五二二号に掲載した告示第五三六号をもつて買収令書の交付に代る公告をなして右畑を買収した。しかして被告知事はこれよりさき右畑につき昭和二十三年十月二日を売渡の時期とし、前記菊池佐蔵を売渡の相手方とする昭和二十四年一月一日附の売渡通知書を発行してその頃同人にこれを交付して売渡処分をも完了してしまつたのである。

しかしながら右買収処分及び売渡処分は左の理由により違法である。

(一)  右畑は昭和二十一年五月八日以降原告の自作地であり、旧自創法第三条第一項第一号に該当する不在地主の小作地ではないからこれを買収し得ない。そもそも前記大原町農業会の取消申請に対して被告知事のなした一部取消を承認する旨の処分なるものが、果してさきに同知事が同農業会に対して与えた前記承認の取消処分に該るのかどうか甚だ疑わしい。なんとなれば、昭和二十三年七月十二日附岩手県農地部長から大原農町業会長宛「自作農創設維持事業承認一部取消について」と題する書面(甲第五号証の一)によれば、「昭和二十三年七月七日附大農発第六〇号をもつて一部取消申請があつたので内容を精査するに、一部取消を承認しても支障がないものと認められるので、左記のとおり取消をしたから別途指令を御諒知の上然るべく御取計い願いたい」とあり、これによればあたかも被告知事において右承認の取消処分をなしたかの如くであるが、しかし一方同年七月十二日附被告知事から右同農業会宛「岩手県指令農地第二三九五号」と題する書面(甲第五号証の二)によれば「昭和二十一年三月十八日附岩手県指令第八七〇号承認に対し、昭和二十三年七月七日附農地調整法施行規則第五条の規定による一部取消申請の件承認する」とあり、これによれば被告知事が大原町農業会に対し、同農業会において被告知事のさきになした承認を取り消すことにつき承諾を与えたもので、取消処分の主体が右農業会自身であるかの如くでもある。しかし大原町農業会はいまだ嘗てそのような取消処分をなしたこともなく、またなし得る筋合のものでもない。

仮りに被告知事のなした前記一部取消を承認する旨の処分が前記自作農創設に関する承認の取消処分であるとするも、右承認は一個の行政処分であるからその一部のみを取り消すことは許されないのみならず、そのうち如何なる部分を取り消したのか右取消処分自体から明らかでないから、そのような取消処分は違法といわなければならない。

しかのみならず、大原町農業会が被告知事に対してなした右承認の取消申請が、前記施行規則第五条の規定に基くことは、前記岩手県指令農地第二三九五号と題する書面の記載自体により明らかであるが、右法条の趣旨は、知事により自作農創設維持の事業を行う団体として承認を受けた者が、将来に向つてその事業内容を変更しようとする場合には更めて知事の承認を受け直すべきことを規定したものであつて、既に承認を受けた事業の範囲内で或る行為を完了した後においてもさきになされた承認の取消を申請することが可能であることを前提とした規定でないことは法文の立言自体により明らかなところである。しからば大原町農業会のなした被告知事に対する右承認の取消申請それ自体が違法である以上、これを許容してなした同知事の前記取消処分もまた違法たるを免れない。

仮りに右のような取消申請が違法ではなく、また何等かの事由により一旦なした承認を被告知事自ら取り消し得るものとし、従つて同知事のなした前記取消処分そのものが違法でないとしても、同知事がさきに大原町農業会に対して与えた承認の内容は、横屋株式会社及び原告間の前記畑に関する売買契約締結の斡旋行為それ自体であり、右売買契約そのものは右承認の対象とされていないのであるから、契約当事者以外の第三者である被告知事が右契約そのものを取り消すということは不可能であり、従つて右売買契約の効力は、前記承認の取消処分の存在により何等影響を受けるものではない。しからば右売買契約がその効力を失い原告において前記畑の所有権を喪失したことを前提としてなした前記買収処分は原告の自作地を小作地として買収した違法を免れない。

(二)  旧農調法の規定に基く自作農創設維持の事業により自作地として創設せられた農地は、遡及買収たると計画時買収たるとを問わず旧自創法により更にこれを買収し得ないものといわなければならない。

(三)  前記買収処分は買収計画の樹立、公告その他所定の前提手続を経ないでなされたものである。

以上いずれの点よりするも右買収処分は違法であり取り消さるべきである。しからば右買収処分の適法であることを前提とする前記売渡処分もまたこの点で既に違法であるところ、右買収処分の効力が発生したのは昭和二十四年十月三日買収令書の交付に代る公告をなした時であるのに、前記売渡通知書が発行されたのはこれに先き立つ同年一月一日であるから、いまだ買収処分の効力が発生せず従つて国がその対象物件の所有権を取得しないうちにこれにつき売渡処分をなしたこととなり、この点からするも右売渡処分の違法であること明らかであり、これまた取り消さるべきである。よつて原告は右買収処分及び売渡処分の取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、原告は大原町農業会に対し虚偽の事実を述べこれを欺罔したことはない。同農業会は前記畑に関する従来の関係及び原告と菊池佐蔵との間に取り結ばれた前記小作契約の解約に関する約定等一切の事情を調査した上で横屋株式会社と原告との間の右畑に関する売買契約の締結を斡旋したのであつて、この間錯誤に陥つたものとは到底考えられない。仮りに大原町農業会従つて被告知事が何等かの事由により錯誤に陥りその結果前記の承認をしたのであつたとしても、他に特段の事由でもない限り、一旦なした行政処分である右承認を自ら取り消すことは許されないのである。なお被告は前記買収処分が基準時現在の事実に基く遡及買収であると主張するけれども、右同日現在における右畑の所有者である横屋株式会社を右買収処分の相手方としないで原告を相手方としているところを見ると遡及買収でないこと明らかであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、その主張日時大原町農業会が旧農調法施行規則第七条の規定により自作農創設維持の事業を行う団体として被告知事の承認を受けたものであること、原告がその主張日時もと横屋株式会社の所有であつた原告主張の畑を大原町農業会の斡旋により買い受け取得したとしてその旨所有権移転登記を経由したこと、原告主張日時大原町農業会が被告知事に対し原告主張の取消申請をなしたこと、被告知事が右畑につき旧自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として原告を名宛人とするその主張の買収令書を発行して原告にこれを交付しようとしたところ受領を拒否されたので買収令書の交付に代る公告をなして右畑を買収したこと、原告主張日時右畑につき菊池佐蔵を売渡の相手方とする売渡通知書を発行して右同人にこれを交付し、右畑に関する売渡処分をなしたこと、以上の事実は認めるが原告その余の主張事実は争う。

従来施行の旧農調法を全面的に改正した昭和二十年十二月二十八日法律第六十四号旧農調法第四条及び昭和二十一年一月二十八日農林省令第四号旧農調法施行規則十二条により同年二月一日以降は、市町村農業会は都道府県知事の承認を受けて同年一月二十五日勅令第三十八号旧農調法施行令第三条列挙の内容の自作農創設維持の事業をなし得ることとなり、しかしてこれに基く岩手県指令旧農調法施行細則第九条によれば、市町村農業会が右事業を行わんとするときは、具体的に事業計画を樹てた上で知事の承認を受くべきものとされていたのであり、単に抽象的に承認を受けてその範囲内で自由裁量により右事業を行い得る趣旨のものではなかつた。

ところで昭和二十一年一月二十四日大原町農業会から被告知事に対し、原告主張の本件畑が従来から原告の小作にかかる農地であるから、原告をしてこれを買い受けしめ自作農として創設せしめたいによつて、これが売買の斡旋をなすにつき承認せられたい旨の申請があつたので同知事はこれを信じて同年三月十八日岩手県指令農第八七〇号をもつてその旨承認を与えたのであつた。しかるにその後調査したところによれば、右畑の小作人は原告ではなく菊池佐蔵であつたのを、前主横屋株式会社と原告が右同人を圧迫して無理に右畑を取り上げた上、あたかも原告が従前からの小作人であつたかの如く虚偽の事実を申し述べて大原町農業会を欺罔したため、同農業会はそのように誤信して被告知事に対し前記承認の申請に及んだ事実が判明した。しかしながら小作にかかる農地を小作人の意に反して取り上げた上、小作人以外の第三者に買い取らしめてまで自作農を創設することは旧農調法の所期するところでもなくまたその精神でもない。まして被告知事の大原農町業会に対してなした前記承認は、同農業会を通じてなした原告の欺罔行為による錯誤に基くものであること明らかであり、しかも右承認を取り消すも原告以外の何人の権利をも侵害する結果とはならないのであるからして、被告知事において後日右違法且つ不当の事実を発見した以上、一旦なした前記承認を取り消すも何等違法ではないのみならず、むしろこれを取り消して、真実を回復することこそ公益目的を実現すべき行政庁として当然なすべき措置といわなければならない。よつて被告知事は昭和二十三年七月十二日附をもつて、当時施行の昭和二十一年十一月二十二日農林省令第六十八号による改正後の旧農調法施行規則第九条に則り、自作農創設維持の事業を行う団体に対する監督上必要な処分として、さきに同年三月十八日附をもつて大原町農業会に対してなした前記承認のうち原告に関する部分を取り消す旨の処分をなし、その旨同農業会に通知したのである。かくて右取消処分により同農業会のなした横屋株式会社及び原告間の前記売買契約締結に関する斡旋行為はその基礎を失い、従つて当然右売買契約もまた効力を失い、右畑の所有権はもとの所有者である横屋株式会社に復帰したのである。

そこで同年七月十九日大原町農地委員会が右畑につき、基準時現在の事実に基き旧自創法第三条第一項第一号に該当する不在地主の小作地として登記簿上の所有名義人である原告を相手方として買収計画を樹立してその旨公告し、同年八月二十五日から十日間書類を縦覧に供したに対し原告より異議訴願の申立がなかつたので、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経た右買収計画に基いて原告主張の買収令書を発行して原告にこれを交付しようとしたところ受領を拒否されたのでその主張のように買収令書の交付に代る公告をなして右畑を買収したのである。

しかして大原町農地委員会は前記買収計画の樹立後の同年十一月十一日右畑につき、売渡の時期を買収の時期と同じく同年十月二日とし、売渡の相手方を基準時現在における右畑の小作人菊池佐蔵とする売渡計画を樹立してその旨公告し、同年十一月十三日から十日間書類を縦覧に供したところ、原告より異議次いで訴願がなされたがそれぞれ却下、棄却となり、続いて被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経た右売渡計画に基いて原告主張の売渡通知書を発行して右菊池佐蔵にこれを交付して前記畑に関する売渡処分をなしたのである。以上の次第で前記買収処分及び売渡処分には何等原告主張のような違法はないから原告のこれが取消を求める本訴請求はいずれも失当として棄却さるべきであると述べた。(立証省略)

理由

原告主張の中島二十三番の三畑三反四畝二十六歩がもと横屋株式会社の所有であつたのを昭和二十一年五月八日原告が大原町農業会の斡旋により買い受けてその所有権を取得したとして同日その旨所有権移転登記を経由したこと、当時菊池佐蔵が右畑を小作していたこと、大原町農業会が当時施行の昭和十八年八月七日農林省令第五十九号による改正後の旧農調法施行規則第七条の規定に基き、昭和二十一年一月二十四日被告知事に対し自作農創設維持の事業を行う団体としての承認方を申請したところ同年三月十八日その旨被告知事の承認があつたこと、しかして右事業の内容には昭和十八年八月六日勅令第六百六十二号による改正後の旧農調法施行令第二条第一項第一号の個人の自作地となすべき土地の取得の斡旋をなすことを含むものであつたこと、昭和二十三年七月七日大原町農業会が被告知事に対し、さきに同知事のなした前示承認の取消申請をしたこと、被告知事が右畑につき旧自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として昭和二十三年十一月二日附の原告を名宛人とする買収令書を発行して原告にこれを交付しようとしたところ受領を拒否されたので昭和二十四年十月三日岩手県告示第五三六号をもつて買収令書の交付に代る公告をなして右畑を買収し、次いで右畑につき売渡の時期を昭和二十三年十月二日とし売渡の相手方を前記菊池佐蔵とする昭和二十四年一月一日附の売渡通知書を発行して同人にこれを交付し、右畑に関する売渡処分をも完了したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告は本件買収処分は買収計画の樹立公告等所定の前提手続を経ないでなされた違法のものである旨主張するけれども、証人村上達郎の証言によれば、昭和二十三年七月十九日大原町農地委員会が基準時現在の事実に基き前示畑につき旧自創法第三条第一項第一号に該当する小作地として原告を相手方として買収計画を樹立してその旨公告し、同年八月二十五日から十日間書類を縦覧に供したに対し原告より異議、訴願の申立がなかつたので右買収計画が確定し、次いで被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経た上原告宛の前示買収令書を発行し、前示の経緯で買収令書の交付に代る公告をなしたものであることを認めることができる。右認定を覆すに足りる何等の証拠がない。

ところで基準時現在の事実に基くいわゆる遡及買収にあつては、買収要件の有無は右同日現在の事実関係を基準とし、買収の相手方を買収計画樹立当時の所有者とすべきことはいうまでもない。この点に関する原告の、前示畑の基準時現在における所有者は横屋株式会社であつたのであるから、本件買収処分が遡及買収であつたとするなら当然右会社を相手方となすべきに、原告を前示買収令書の名宛人にしたのであるから本件買収処分は遡及買収ではない旨の主張は誤解に基くものであつて採用に値しない。そこで原告が前示買収計画の樹立された昭和二十三年七月十九日当時前示畑の所有者であつたとすれば、本件買収処分は少くとも買収処分の相手方を誤らなかつたことになるが、若し原告がその当時右畑の所有者でなかつたとすれば仮令登記簿上その所有名義人であつたとしても、原告を相手方となすべきではなく、前記横屋株式会社を相手方となすべきであつたのであり、従つて原告を相手方としてなした本件買収処分はこの点で真実の所有者を誤つた違法を免れないことになる。

よつて次に原告が果して右買収計画の樹立された当時前示畑の所有者であつたか否かにつき判断しなければならない。

原告が昭和二十一年五月八日右畑を買い受け取得したのは大原町農業会の自作農創設維持の事業の実行としての斡旋行為によるものであり、しかも被告知事がこれにつき承認を与えたのであるから右売買契約につき更めて当時施行の昭和二十年十二月二十九日法律第六十四号による改正後の旧農調法第五条の規定に基き被告知事の許可を要しなかつたのであつて、原告は有効に右畑の所有権を取得し得たわけである。

ところで昭和二十三年七月七日大原町農業会が被告知事に対し、同知事がさきに昭和二十一年三月十八日附をもつてなした前示承認の取消方を申請したことは当事者間に争いがないところ、原告は、被告知事は右承認を取り消す旨の処分をなしていないにもかかわらず、原告の前示畑の所有権取得が無効に帰したとの前提の下に本件買収処分をなしたものである旨主張するのでこの点につき案ずるに、成立に争いのない甲第五号証の二岩手県指令農地第二三九五号と題する書面の記載によれば、「昭和二十一年三月十八日附岩手県指令農第八七〇号承認に対し昭和二十三年七月七日附農地調整法施行規則第五条の規定による一部取消申請の件承認する」とあり、あたかも右取消処分の主体は大原町農業会であり、同農業会のなすべき取消処分に対し被告知事が承認を与えたかの如き憾がないでもないが、固より自作農創設維持の事業の申請に対し承認を与えるのは知事であり、従つてこれを取り消すのも、その理由の存する限り知事自身の権限に外ならないのであるから、大原町農業会がこれを取り消すということはあり得ないところである。成立に争いのない甲第五号証の一及び証人高橋邦男の証言に徴するときは、昭和二十三年七月十二日附をもつてなした被告知事の処分なるものは、昭和二十一年十一月二十二日農林省令第六十八号による改正後の旧農調法施行規則第九条に則り自作農創設維持の事業を行う団体に対し、この事業の実施に関し監督上必要な処分をなすことを得る知事の権限に基いてなした前示承認の取消処分であると認めるのを相当とする。しかして右取消処分は、監督行政庁たる被告知事が監督権の発動として下級行政庁たる大原町農業会に対してなしたものであるからして、被告知事自ら右取消処分のあつた旨を原告その他の利害関係人に通知する義務はないわけである。もつとも原告としては右取消処分の結果につき重大なる利害関係を有することはいうまでもないが、しかしそれは右取消処分の内容の適否を判断するに当つて考慮さるべきことで、被告知事が右取消処分の結果を原告に通知しなかつたこと自体を捉えて違法であるとなすことを得ないこと勿論である。成立に争いのない甲第四号証によれば大原町農業会が昭和二十三年七月十五日附をもつて右取消処分のあつた事実を原告に通知していることを認め得るのである。

そこで次に被告知事のなした前示承認の取消処分の適否について判断する。前顕甲第五号証の一によれば右取消処分は一部取消の形式をとつているけれども、成立に争いのない甲第三号証によれば、大原町農業会の被告知事に対する自作農創設維持の事業の承認申請中には原告に関するものを含めて十件あつたので同知事は一括承認を与えたのであり、その後大原町農業会の取消申請に基いて原告に関する部分のみを取り消したのであるから、そのような処分形式自体を目して違法となすを得ないこと勿論である。

しかして証人金野秀夫、小山幸右ヱ門、菅原忠治郎の各証言を綜合すれば、昭和二十三年六月頃被告知事が大原町農業会に対し、さきに同農業会のなした自作農創設維持の事業の承認申請中原告に関する部分は、前示畑の従前からの小作人は前記菊池佐蔵であつて原告ではないのに、そうであつたかの如く装つた原告の虚偽の申請に誤まられたものであり、従つて被告知事のなした原告に関する前示承認は本来なすべからざるものをなしたもので違法であり取り消すべきものであるから、これが取消の前提としてまず大原町農業会において被告知事に対し原告に関する前示承認の取消を申請するよう再三に亘り申し入れたのであつたが、同農業会としては、右原告に関する自作農創設の承認申請は真実の事実関係に基くものであるから今更これが取消申請をなす必要も理由もないとしてその都度右申入を拒否し続けて来たのであつたが、ついにこれに屈して同年七月七日大原町農業会長小山幸右ヱ門名義をもつて被告知事に対し前示のような取消申請をなしたのであること、しかし右小山幸右ヱ門はこれよりさき同年三月中に同農業会の会長の地位を辞任していたので、右取消申請をなすにつき何等の代表権限がなかつたものであること、以上の事実を認めることができる。右認定に反する証人高橋邦男の証言は前記各証拠に照らしにわかに措信し難い。

しからば被告知事のなした前示承認の取消処分は、大原町農業会の不適法な取消申請に基いてなされたものであるから、この点からすれば少くとも瑕疵があつたものといわなければならない。しかし前段において述べたとおり、被告知事の右取消処分は当時施行の前記旧農調法施行規則第九条の規定に基く自作農創設維持の事業を行う団体に対する監督権の発動であるからして、固より大原町農業会からの申請を俟つまでもなく、苟もさきに与えた承認にして違法であり取り消すべきものと思料した限り、監督上必要な処置として前示のような取消処分をなし得たわけであるから、大原町農業会のなした前示取消申請が仮令前示の瑕疵があるものであつたとしても、そのことの故に被告知事のなした前示取消処分が違法であるとはなし得ないのである。

ところで行政庁が一旦或る行政処分をなした後において当該行政庁自らこれを取り消すについては重大な制約の存することはいうまでもない。けだし、適法な行政処分は自らこれを取り消し得ないこと勿論であるが、仮令それが瑕疵ある行政処分であつても、それを基礎として新たな法律秩序が形成されて行くのであるから、行政処分の成立に瑕疵があつたという理由だけで無条件にこれを取り消し得るものとするにおいては、既成の法律秩序をみだり、法律生活の安定を損う結果となる虞があるからである。そこで瑕疵ある違法な行政処分についてもこれを取り消すためには、その取消を必要とするだけの公益上の理由がなければならないのであり、殊に右行政処分の結果一方で権利又は利益を得ている者のある場合においては、その行政処分が詐欺脅迫等犯罪行為に類する行為に基因してなされたものであるなら格別、しからざる限りその者の既得の権利又は利益を侵害する結果となるもまたやむを得ないとし、結局これを正当化するだけの相当高度の公益上の必要の存する場合においてのみ右瑕疵ある行政処分を取り消し得るものと解すべきである。

しからば被告知事がさきに大原町農業会に対して与えた原告の自作農創設に関する前示承認に何等かの瑕疵があつたであろうか。この点につき被告知事の取消理由は、要するに、当時原告は前示畑の小作人でなかつたのにそうであるかのように大原町農業会を欺罔し、その結果同知事が錯誤に陥り前示承認をしたというにある。よつて案ずるに、成立に争いのない甲第二号証、前記証人金野秀夫、加藤貫一、菊池佐蔵(但し後記措信しない部分を除く)の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二十年十二月初旬頃横屋株式会社が加藤貫一を通じて本件畑の小作人菊池佐蔵にこれが買い受け方を申し入れたのであつたが当時同人はこれを買い受けるだけの余裕がなかつたのでその旨原告に話したところ、原告においてこれを買い受けることとし、その暁は菊池佐蔵に対して離作料として五百円を支払つて右畑に関する小作契約を解約することの話合ができたのであつたが、当時農地の売買については知事の許可を要したので、菊池佐蔵を伴つて大原町農業会に赴き右事情を申し述べ所要の手続方法を相談したところ、同農業会は旧農調法の自作農創設維持の事業による取得方法を勧めたので、原告はこれによることとしその旨同農業会に申請したところ、同農業会は原告の自作農創設を受ける資格について審査した結果、将来農業に精進し得る見込があり且つその他所定の要件を具備する適格者であり、しかも右畑の小作人菊池佐蔵との間に相当の離作料を支払つて小作契約を解約することの合意ができていることでもあり、同農業会の斡旋により、原告に右畑を買い受けしめて自作農として創設するのが相当であると認定したので、他の分も含む同農業会の自作農創設維持事業計画に編入の上、昭和二十一年一月二十四日被告知事に対し右計画の承認方を申請したところ、同年三月十八日附をもつて同知事の承認があつたこと、次いで同農業会の斡旋により同年五月八日横屋株式会社と原告との間に本件畑を代金一万四千円で売買することの契約が成立し、即日原告に対し所有権移転登記を経由したこと、かくてその頃原告は前示約定に基き菊池佐蔵に対し離作料として五百円を支払い右畑に関する前示小作契約を合意解約したこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反する前記証人高橋邦男及び菊池佐蔵の供述部分は前記各証拠に照らしにわかに措信し難い。

もつとも成立に争いのない甲第六号証及び前記菊池佐蔵の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、その後菊池佐蔵が前示小作契約の存続を主張し横屋株式会社及び原告を相手取り盛岡地方裁判所一関支部に対し小作調停の申立をなしたところ、同年六月十日本件畑が横屋株式会社の所有であることを前提とした上で、そのうち一反九畝二十六歩の部分を菊池佐蔵が耕作すること、その余の一反五畝歩を原告が昭和三十年十月十五日まで耕作することの趣旨の調停が成立したことを認め得るけれども、それはその後における菊池佐蔵の飜意による結果であつて、このような調停が成立したこと自体は前示合意解約の認定を妨げるものではない。

果してそうだとすれば、原告は大原町農業会に対して何等虚偽の事実を述べたものでもなければ、同農業会において錯誤に陥つたものでもないこと明らかであり、従つてこれを許容してなした被告知事の前示承認は自らこれを取り消すべき何等の瑕疵がなかつたのであり、その主張の理由をもつてしては右承認を取り消し得ないものといわなければならない。

そこで次に、旧農調法の自作農創設維持の事業により自作地となるべき農地を買い受け取得し得る者は当該農地の小作人でなければならないかどうかについて考えて見るに、同法及び同法施行令並びに同法施行規則等関係諸法令にも当該農地の小作人でなければ自作農として創設を受ける適格を有しない旨を定めた規定が存しないのみならず、旧農調法による自作農の創設は、原則として従来の小作人にこれを売り渡して自作農を創設することを眼目とする旧自創法とは異り、必ずしも当該農地の小作人でなくても苟も自作農として将来農業に精進し得る見込があり且つその所有農地が適正面積の範囲内である等一定の要件を具備する者であればこれを受ける資格があつたものと解するのが旧農調法の精神及びその規定の仕方からいつても相当である。もつとも自作農創設維持の事業による農地の取得である以上、それは飽くまで自作地となすべき農地の取得を目的としたものであり、買い受け取得後も依然他にこれを小作せしめることは法の予想もせず且つ許容するところでもないことはいうまでもない。しかし小作農地を買い受ける場合において当該農地の小作人との間に予め解約の合意がある等それが直ちに買い受け取得者の自作地となり得る現実且つ具体的見透しがついている場合には仮令それが現に小作地であつても自作農創設維持の事業の対象たり得ると解すべきである。

本件についてこれを見るに、成立に争いのない甲第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が大原町農業会に対し自作農創設の申請をなした昭和二十一年一月当時におけるその家族数は九人でそのうち農業に従事し得る者が五人でありしかも農耕馬一頭を所有していたのにその耕作面積は僅かに田三反五畝歩、畑四反歩合計七反五畝歩にすぎなく、農業経営能力に充分の余裕があつたので旧農調法所定の基準からしても自作農として創設を受け得べき適格を有する者であつたことを認め得るところ、前示認定のとおり、本件畑は当時菊池佐蔵の小作するところであつたとはいえ、当時としては相当な方法により右畑に関する小作契約を合意解約する旨の話合ができており、原告がこれを買い受け取得しても直ちに原告の自作地になり得る現実的な見透しがついていたのであり、現にそうなつたのであるばかりでなく、当時は知事の許可がなくても農地に関する賃貸借契約を合意解約し得るものであつた等諸般の点に鑑みるとき、本件畑に関する自作農創設の申請は相当であり、従つてこれを許容した被告知事の前示承認はまことに正当であつてこれを自ら取り消すべき何等の理由がないものといわなければならない。

しからば被告知事がなした右承認の取消処分そのものこそ、何等の瑕疵がないのにこれを取り消したこととなり、違法といわなければならないのであり、従つて右取消処分によつては、大原町農業会が自作農創設維持の事業としてなした斡旋に基く本件畑に関する前示売買契約の効力に何等の影響なく、原告の右畑の所有権取得に消長を来すものではない。

してみれば大原町農地委員会が前示買収計画を樹立した昭和二十三年七月十九日当時における本件畑の所有者は原告であつたのであるから、基準時現在の事実関係に基き、右買収計画樹立当時における右畑の所有者たる原告を相手方としてなした本件買収処分はその限りでは適法である。

ところで当時施行の昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十一号による改正後の旧自創法第六条の二第二項第一号によれば、基準時当時小作地であつても、その後において右同日現在における所有者又はその承継人により適法且つ正当に解約されたものは、例外的にこれを買収し得ないこととされ、しかも同法附則第二条により、改正前の附則第二項の規定による農地買収計画に関してなされた手続は前記第六条の二の規定によりなされた手続と看做されたのである。本件において右畑に関する前示小作契約が原告の買い受け取得後契約当事者の合意により適法に解約されたものであること及び当時原告の家族は九人でそのうち稼働人員五人であり農耕馬一頭を所有して田畑合計七反五畝歩を耕作していたことは前示認定のとおりである。しかして原告本人尋問の結果によれば、菊池佐蔵は家族五人のうち農耕に従事し得る者三人でその耕作反別は本件畑を除けば原告より少く、農閑期には造材人夫などをする兼業農家であつたことを認めることができる。してみれば少くとも家族数及び耕作面積の点から右両名の生活条件を比較した場合原告においてやや優位にあり、しかも菊池佐蔵が本件畑を返還するにおいては、右畑がその全耕作反別(七反五畝歩より少いことは明らかである)において占める割合の大きい点に鑑みるときその生活に相当の影響を受ける結果となつたであろうことは想像に難くないけれども、しかし同人が前示小作契約の解約に同意した経緯、殊に当時としては相当の金額である五百円を離作料として何等の異議なく受領している事実に徴すれば、他に特段の事由のない限り、右合意解約をもつて相当なものと認めざるを得ないのである。してみれば本件畑は基準時現在正しく小作地であつたにかかわらず、前記法条の定める場合に該当し、これを右同日現在の事実に基いて買収し得なかつたものといわなければならない。

ところで旧農調法による自作農創設維持の事業により創設された自作地が、その後旧自創法第三条所定の買収要件を具備する小作地となつた場合は、同法によりこれを買収し得べきことはいうまでもないことであつて、通例の場合と異る取扱をしなければならないとする何等の理由もない。しかし本件のように、基準時現在正しく小作地ではあつたが、買収計画樹立当時自作地であり、しかもそれが旧農調法による創設自作地である場合、これを基準時現在の事実に基いて買収し得るであろうか。いわゆる遡及買収の遡及買収たる所以は、基準時以後如何なる理由により当該農地に関する権利関係に変動があつたかを問わず、一律に右同日現在の事実に基いて買収するにありとすれば、右の場合にもこれを買収し得るものといわざるを得ないが、旧農調法による創設自作地についても事を同様に解すべきであろうか。

旧自創法の端的に目標とするところは、原則として小作地を従来からのその小作人そのものに取得せしめて自作農を創設するにあるに対し、旧農調法のそれは、農地関係を調整することによつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図るにあつたことはいうまでもないところであるが、同法はその目的を実現するために農地関係の調整という主たる機能の外に、更に同法の目指す自作農の創設維持の事業を行うことをもその重要な機能の一としたのであつて、これに関する諸規定は、同法及び関係法規の度々の改正にもかかわらず終始一貫して存続し、旧自創法施行後と雖も、同法の諸規定と牴触しない程度の変容を受けたとはいえなお依然として存続していたのである。もつとも旧自創法施行後は旧農調法による自作農の創設は余り事例がなく、事実上その機能を発揮しなかつたものと思われるが、しかし法の建前としては、一方では旧自創法の買収、売渡による自作農の創設が認められ、且つそれが主たる機能を営んだが、他方では従来からの旧農調法による自作農創設維持の事業による自作農の創設も認められていたのであり、そこには自作農創設という同じ目標を指向するいわば二の路線が設定されていたものということを得よう。両者の関係が以上のとおりであるとするならば、旧自創法施行後においても旧農調法による自作農の創設は可能なのであり、その場合同法によつて創設された自作地は、その後不在地主所有の小作地となるとか或は在村地主所有であつても旧自創法で定める法定の小作地保有面積を超過する小作地となつた場合は格別、そうでもない限り、同法によつてこれを買収し得ないものといわなければならない。けだし同じ時点において、国家が旧農調法による自作農の創設を認め、この方法による農地の取得を適法なものとして許容して置きながら、他方では同じく自作農の創設を指標とする旧自創法によりこれを買収し得るとなすことは、仮令自作農として創設される者が前者にあつては当該農地の小作人に限らないのに対し、後者にあつては原則として当該農地の小作人を第一順位とするという相異こそあれ、国家の農地行政の矛盾であり、国家意思の分裂という外はないのであり許さるべき行政ではないからである。

しからば旧自創法施行前既に旧農調法により創設せられた自作地についてはこれを如何に解すべきであろうか。旧農調法施行規則の自作農創設に関する規定中、初め創設を受ける者の所有し得べき農地の適正面積は、農林大臣の認可を受け地方長官(知事)の定める最高標準を超えない限度でなければならないとされていたものが、旧自創法施行後は同法第三条所定の面積に改められたように、旧農調法及び関係諸法令が旧自創法の諸規定に即応するよう若干の修正は受けたけれども、実質的には同法の施行の前後を問わず終始一貫して同一性を持続したのであつた。してみれば旧自創法施行後に、旧農調法により創設せられた自作地にして且つ現に自作地であるものは、旧自創法によりこれを買収し得ないとするならば、その実質において何等異ることなき同法施行前における旧農調法による創設自作地もまたそれが現に自作地である限り、仮令基準時現在小作地であつたからといつて、旧自創法によつてこれを買収し得ないものといわなければならない。

しかもいわゆる遡及買収なるものは、改正前の旧自創法附則第二項により認められていた、買収におけるいわば例外規定であつたものが、昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十一号による改正後の同法第六条の二として正式に本条の中に規定されたとはいえ、同法の建前自体からいえばやはり買収の例外規定たる地位にあつたのである。そもそもこのような規定が設けられた所以のものは、今次農地改革に関する閣議の発表されたのが昭和二十年十一月二十三日であり、旧自創法の施行されたのが昭和二十一年十二月二十九日でその間一年有余の日時を経過しているため、昭和二十年十一月二十三日という過去の一時点を捉えて、右同日現在の事実関係を基準として買収要件を定め、その後における農地に関する権利関係の変動を無視するのでなければ買収を潜脱する目的でなされる種々の策動を防遏することができなかつたからであつて、従来の法律常識からいえば全く例外ともいうべき前記のような規定が設けられたものと解される。

しかし一律に基準時現在の事実を標準とするときは酷な場合も生じ具体的に妥当でない結果になることもあつたので同法第六条の二第二項により、仮令右同日現在小作地であつても、その後において適法且つ正当に解約若しくは更新を拒絶されて自作地となつたものは遡及買収の対象としない扱いをしたのであつて、これは遡及買収に関する規定の設けられた前記趣旨からして当然のことといわなければならない。

ところで原告は前示のとおり、旧農調法の規定に基く正式の手続を踏み、国家の自作農創設維持の事業によつて適法に本件畑を取得して自作農となつたのであつて、そこには買収潜脱の意図に基く前主横屋株式会社について考えられるような策動とは何等の関連がなかつたのみならず、一般の売買等による所有権の取得とは異るものがあつたものといわなければならない。苟も本件畑が基準時現在買収要件を具備する小作地であつた以上、それがその後如何なる経緯を経て原告の所有に帰したかを問わず買収すべきであるとすることは、いわゆる遡及買収の本質を看過し且つ旧農調法と旧自創法との関係を無視した皮相の見解といわなければならない。

しからば大原町農地委員会が本件畑につき樹立した前示買収計画、従つてこれに基く被告知事の本件買収処分は、買収し得べからざるものを買収した違法があり、且つ右の違法は重大であるから取り消し得べき瑕疵に該当し、右買収処分は取り消さるべきである。

次に原告が本件売渡処分の取消を求める適格を有するや否やにつき案ずるに、一般に売渡処分の取消を求め得る者は、当該農地の売渡を受け得べき適格を有する者若しくは有すると主張する者、すなわち旧自創法第十六条、同法施行令第十七条所定の小作人等であつて、買収処分によつて右農地の所有権が国に帰属した後においては、買収の相手方とされた旧所有者は右農地に関する売渡処分の違法を争いこれが取消を求める適格を有しないものと解すべきであるが、しかし右農地の買収処分の違法を争いその取消を求める訴訟において、同時に右買収処分の違法を前提として、その対象とされている農地の売渡処分の取消を求めることは必ずしも利益がないとはいえないのであるから、原告の前示売渡処分の取消を求める本件訴は適法であるといわなければならない。

しかして本件買収処分が前示の理由により違法であり取り消さるべきである以上、これが適法になされたことを前提とする本件売渡処分もまたその余の点につき判断するまでもなく違法として取り消さるべきこと明らかである。

よつて原告の右買収処分及び売渡処分の各取消を求める本訴請求は結局正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)

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